茶の湯では(私の知る限り)
「昔」がつくのは濃茶向け、「白」がつくのは薄茶向けと、相対的にそういう認識がある と感じています。
しかし、そもそもどういう理由で「昔」と「白」が茶銘に頻繁に使われるようになったのか?長いことずっと不思議に思っていました。
諸説あるようですが、それに関して「なるほど!そういうことか!」と教えてくれたとても興味深い本があったのでご紹介したいと思います。
以下、「茶壺に追われて」小山茂樹著 から引用、要約です。
(p76 薄茶の「白」、濃茶の「昔」より)
「昔」と「白」の前に…
・製法の違いによる「白茶」と「青茶」について
宇治茶師に残る江戸時代後期の記録によれば「茶摘み初めは立春より八十日目」とあり、現在より半月以上早く摘み始めていました。早く摘んだ芽は若くて小さく(”ミル芽”と呼ぶ)、ミル芽の抹茶は白っぽい抹茶になります。千利休の活躍していた戦国時代からそうであれば、当時の抹茶は緑色というより、白みがかった茶色だったのかもしれません。
元和5年(1619年)上林味卜(かんばやしみぼく)の『茶入日記之覚』に「青茶」という記述が出てきます。これは、「湯引き製法」で作った茶のことで、茶の新芽を蒸すのではなく、たぎらせた湯の中に通す。このとき早稲藁(わせわら)の灰汁で湯がいたり、湯にかまどの灰を少し入れると茶葉が青くなる。茶に含まれる色素アントシアニンが、灰汁のアルカリ性に反応して鮮やかな緑に発色することを発見しました。
この製法で作られた鮮やかな緑の茶「青茶」が盛んにつくられるようになると、それまでの白っぽい茶は「白茶」として区別されました。
古田織部は新しい「青茶」を好み、小堀遠州は古来の「白茶」の方を好んだと言われています。
※ちなみに、青茶の「青い」という表現は
碾茶を太陽光線に透かすと濃緑色の中にも「青み、黒み、白み、赤み」が見られ、この微妙な色あいの違いが挽きあげたときの抹茶の色に影響します。そのため、今でも茶業者は優れた碾茶の色を「青い」と表現します。
・茶銘にみる「昔」と「白」について
小堀遠州は御茶吟味役として宇治茶の命銘に深く関与した茶人であり、遠州のつけた茶銘は、それまでの上中下の等級だけを表すものとは異なり、茶の形状や色沢、茶園の場所や季節などを盛り込んでつけ、茶の湯に新たな楽しみを加えました。
遠州が好みの白茶に銘をつけるとき「白」の文字を用いて、青茶と区別したのが、現在の薄茶に「白」をつける基となったという説があります。
青茶が作られるようになると、徳川将軍家へは白茶と青茶両様の茶が献上されました。
小堀遠州により白茶には「初昔」、青茶には「後昔」と命銘されます。
白茶を最初からあった茶だから「初昔」、古田織部の好んだ青茶をその後に作られた茶だから「後昔」と命銘したと言われています。
どちらも将軍家へ献上する最高の茶ですから、それ以降優れた品質の濃茶に「昔」の文字をつけるようになったと考えられています。
<その他の諸説>
・「昔」の字を分解すると「二十一日」と読めます。立春から数えて八十八日目にあたる旧暦三月二十一日より前に摘んだ茶が「初昔」、それ以降に摘んだ茶を「後昔」とする説。
・八十八夜の前後二十一日間に摘む茶が優れていたからとする説。
など諸説あるそうです。
しかし、「八十八夜」は宇治茶師が遅霜に注意する目安の日であり、茶摘みの基準日とはしていなかったので、茶作りの面と「昔」の解釈を結びつけるのは無理があります。
その後、明治に入り「湯引き製法」は茶に対する不純物混入にあたることから「青茶」は姿を消し、蒸し製法の「白茶」のみに戻りました。
と、あります。
もやもやしていたものがこの本を読み、すっきり納得できました。
その他にもお茶にまつわる”こぼればなし”が満載で、「なるほど!」「へ〜!」と膝を打ちすぎて皿を割る勢いです。
著者の経歴を拝見すると、小山茂樹氏は山政小山園の方でした。
大寄せの茶会といえば、私は主に東京都内の茶華道連盟(華道茶道連盟)主催の場へ伺っていますが、学生時代、茶の湯(表千家不審菴)を始めた20年位前は、茶席の会記を拝見すると「茶銘 式部の昔 小山園詰」「茶銘 小倉山 小山園詰」と、山政小山園…ドーン!!! と多くの席で戴いた記憶があります。私のお稽古場でもお稽古には小倉山、お茶会では式部の昔とつかい分けていました。
それからだんだんと、大寄せの茶会でもバラエティ豊かに様々なお茶屋さん(お詰め)の抹茶を戴くようになりましたが、今でも私の中では抹茶といえば…と、大きな存在です。
その当時と今と、大寄せの茶会の席で使われる抹茶が変わる理由を考えてみましたが、おそらく宗匠稽古が関係しているようです。私たちの先生は、宗匠を招いて定期的に「宗匠稽古」をされています。そちらで使われているものにならって私たちの稽古で使う抹茶を先生が選ばれるようで。おそらくですが、宗匠が代わられれば、好む抹茶や贔屓にされているお茶屋さんも変わるので、私たちの稽古の抹茶も変わってくるのかな?と思いました。
なんだかほっこり懐かしい気持ちになりました。
久しぶりに原点回帰で「小倉山」をネットでポチッとして、薄茶を楽しみたいと思います。