茶の湯で使う茶釜の話です。
要約;「茶釜が吹きこぼれない」のは、茶釜の底の「鳴り」のおかげ。それにより「松風」が聴こえ、ちょうど良い「湯相」に保たれます。
釜の湯の沸き加減を「湯相(ゆあい)」と言いますが、茶を点てるのにちょうど良い湯相を「松風(しょうふう・まつかぜ)」と表現します。
釜がシュンシュンと鳴る音を表現したもので、「松籟(しょうらい)」とも言うそうです。
「松風」のように、釜の湯の沸く音による表現がいくつかあります。
『茶経』による”釜の六音”(かまのろくおん)
「魚眼(ぎょがん)」「蚯音(きゅうおん)」、「岸波(がんぱ)」、「遠浪(えんろう)」、「松風」、「無音(むおん)」
※『茶経』とは、中国唐代に陸羽(733?~803)が著した世界最古の茶に関する書物。
また、千利休は
「蚯音(きゅうおん)」;ミミズの鳴く音
「蟹眼(かいがん)」 ;カニの目のような小さな泡がたつ状態
「連珠(れんじゅ)」 ;湧き水のように泡が連なって湧き上がる状態
「魚目(ぎょもく)」 ;魚の眼のような大きな泡がたつ状態
「松風」;釜がシュンシュンと鳴る音を表現したもの。「松籟(しょうらい)」ともいう。
の五つに分けて表現しました。
茶室でシュンシュンと心地よい音が釜から聴こえると、「良い湯相。美味しく茶が点てられそう(戴けそう)だなぁ」と思います。この温度はだいたい沸騰の一歩手前くらいです。
しっかり火にかかった茶釜でも、吹きこぼれそうなやかんの湯のように、ぐつぐつブクブクと大きな泡が立つことはありません。
何故でしょう?
それには、茶釜の底につけられた「鳴り(なり)」が大きな役割を果たしています。「鳴り」は「鳴鉄・鳴金(なりがね)」、「煮え金(にえがね)」、「煮え」などとも言います。茶釜の底に「鳴り」が付くようになったのは、京釜からだと言われています。
この「鳴り」がぐつぐつブクブクと大きな泡立ちで沸騰するのを防ぎ、同時にちょうど良い温度を長く保つ役割を果たしています。
また、先ほどの「松風」のような心地よい音がでる仕組みでもあります。
「鳴り」の仕組み
参考文献;「茶の湯の科学入門」堀内國彦著 淡交社 平成14年 (P118〜)
鉄片でできた「鳴り」は、茶釜の底に漆と鉄の粉を練ったものにより三点で接着されています。
釜と鳴りの間はわずかに隙間があり、その隙間から水がわずかながら侵入します。ただ、その隙間は狭く水が自由に出入りするわけではありません。
鉄片の外の熱はその内側まで伝わり、わずかに隙間の下へ侵入していた水が沸点を越えて水蒸気となります。鉄片の下部分のみが高温となります。その水蒸気となった小さな泡は、鍋の中の高温の湯を通過し、大きな泡となります。
この「鳴り」によって作られた局部的な高温部分が、泡の出るきっかけを作っています。
早く煮え出し、高温が長続きする釜は、決して沸騰することはありません。
「鳴り」によって、釜全体が沸騰する温度になるより先に泡を出して力を抜き、釜全体が高温になりすぎるのを防いでいるからです。
古い釜、あるいは古い鉄を使って鋳られる釜には、「鳴り」がなくとも良い釜は煮えがつくと言います。それは、もともと完璧ではなく自然鋳残りなどで穴や隙間があり、「鳴り」と同じ作用が働いているのが理由です。
「鳴り」をつけて釜を完成させるには複雑な工程があり相当な手間がかかるそうです。それにより、私たちは最適な温度を選択しやすく、より甘味のあるまろやかな茶を点てられるのです。
裏の仕事の偉大さを感じます。
次に茶室に入る時には、もっと釜の音に耳を傾けたいと思います。